| 「福田ひろ子」プロフィール |
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東京生まれ。15才の頃から既に歌手としてスタート。 当初、「福田ひろ子とザ・ヤングビート」(当時の司会は鈴木やすし)として歌っていたが、渡辺プロダクションに所属後、「城卓也(当時は菊池正夫)とザ・トップメン」の女性シンガーとなる。 その間、人気TV番組、坂本九・森山加代子の「ピアス・ナイトショー」に、また「テレビ笑科大学」には芥川隆行らとレギュラー出演。さまざまのTVコマーショルソングも数多く歌った。 |
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| 初期のドリフターズに参加後、第1プロダクションに移籍し「飯田久彦とザ・バンビーノ」「スリー・ファンキーズ」で歌う。 昭和38年、寺内タケシの紹介で日本のカントリー&ウエスタンの大御所で人気の高かった「ジミー時田とマウンテン・プレイボーイズ」のメンバーとなり、女性カントリー・シンガーとしてスタートする。 当時はカントリーやロカビリーの全盛期で、テレビ・ラジオを始め、民音や労音、米軍キャンプ、ジャズ喫茶、各種イベントでの出演など、バンドは多忙を極めていた時代である。 なおジミー時田とマウンテン・プレイボーイズのバンドに、いかりや長介や寺内タケシ、尾崎紀世彦などが所属していた。 マウンテン・プレイボーイズの後、1986年から1987年にかけて渡米。テネシー州のナッシュビルでは、ストックヤードの「ブルペンラウンジ」、プリンターズアレイの「ウェスタン・ルーム」の各ステージにゲスト歌手として招かれる。 この滞米中にカントリー・ミュージックの女性スーパースター、リサ・マッケンタイアやハンク・ウイリアムス・ジュニアのギターリスト、デイノ・ブラッドリーらに師事、本場のカンチリーを学ぶ。また、現地でウエスタン乗馬の手ほどきも受ける。 |
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現在、夫と共に営む乗馬クラブ(茨城県美野里町)で乗馬を教える一方、カントリーとブルーグラスの二つの部門を持つ「カントリーライダーズ」というバンドを結成し、各地で精力的に演奏活動を行っている。 またカントリーダンスの講師としても活躍中で、各イベントに積極的に参加するなど、まさにカントリーの世界にどっぷりとつかった日々を送っている。 「第1回 里山・音楽・祭」へ |
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